デス・オーバチュア
第51話「激突! 光と風の魔王」




『おや、大変お久しぶりですね、オッドアイ』
銀色のマントともコートもつかない長布で全身を隠すように包み込んだ少女は全身から高位魔族だけが発することのできる威圧感(プレッシャー)を放ちながら佇んでいた。
「いえ、あなたからすれば初めましてですか? 最初の出会いはこれからでしたか?」
「……何を言っている? 貴様、誰だ?」
「セリュール・ルーツと申します。あなたの御両親の古い……古い友人ですよ、聖魔王オッドアイ」
銀色の少女セルは上品に笑う。
「なんだと……?」
「…………」
セルが瞳を閉じると同時に、彼女の周りに緩やかな気流が生まれた。
「……思いだした、貴様、ルーファスの後ろに居た人間の小娘……」
「翠玉突風(エメラルドガスト)!」
セルの言葉と共に、突然の翠色の強風がオッドアイに直撃する。
「くっ!」
オッドアイが凪ぎ払うように左手を横に振ると、突風は消滅し辺りに静寂が戻った。
「あなたには、私が人間に見えるのですか?」
セルは少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「……いいや、どこからどうも見ても高位魔族だな……それも僕と大差ない魔王クラスの……だが、そんなことはありえない!」
オッドアイの姿が言葉を言い終わるよりも速く消滅した。
「ふっ……」
セルは焦った風もなく、左手を左後方に向ける。
「魔王は四人しか居ないのだからなっ! 青魔天威覇(せいまてんこうは)!」 
セルの左後方に出現したオッドアイの左掌から青い莫大な光輝が放たれた。
「翠玉朔風(エメラルドボレアス)!」
セルの左掌から放れた冷たく荒々しい風が光輝を蹴散らす。
「ば、馬鹿な……」
「何がですか? 風が光を蹴散らすという現象がですか? 自然界の光や風ではないのですから法則も何もないでしょう? 光や風といった現象……形をなしていますが、要は私の風もあなたの光も人間でいう闘気や魔力のようなもの……弱い方が呑み込まれ、掻き消えるそれだけのことです」
「そんなことは知っている! 僕を誰だと思っている!?」
「では、あなたの死角からの攻撃がまったく無意味だったことですか? 目を閉じている私に死角以前に、そもそも視角というものが意味をなさないと思わなかったのですか?」
「ぐっ……」
確かに、目の見えない(閉じてるだけだが)相手に死角からの攻撃など意味の無いことだった。
普段からの癖で、攻撃の前には相手の上空や背後に移動してしまったのである。
「いえいえ、別にその癖は悪くないのですよ。正面から攻撃したらかわされり、防御されて当たり前ですからね。自らの力の強大さに溺れず、角度やタイミングを大切にする……その繊細さは闘士として長所ですよ」
セルは馬鹿にするわけではなく、本気で誉めているつもりのようだった。
「……誉められてる気がしないな」
オッドアイは不快げに顔を歪める。
「もっとも、そういったものを全て小賢しい小細工の一言で片づけられた方も居ましたけどね……全てが力押し、力ずく、彼女は彼女でとても気持ちの良い方でした……」
「訳の解らぬことをごちゃごちゃと……消え去れ!青魔天威槍(せいまてんこうそう)!」
オッドアイの左掌から無数の青い光輝の槍が撃ちだされた。
「数より質を重視する考え方は悪くはないです。ですが……」
セルの背後から翠色の強風が、オッドアイに向かって吹き出す。
強風に晒された光輝の槍の速度が落ちていき、ついには互いの中間で止まった。
「なっ!?」
「その程度の力では、我が風を越えて、この柔肌に触れることすらかないませんよ」
激しさの増した風に乗り、光輝の槍が生み出した主人に向かって襲いかかっていく。
「ふざけるなっ!」
オッドアイの一喝と共に、光輝の槍が全て一瞬で霧散した。
「おや、流石に自分の力で傷つく程まぬけではありませんか。ですが、力の無駄消費でしたね」
セルは上品に軽やかに笑う。
「……いいだろう、認めてやる。確かにお前は僕と同じ魔王……の力を持っている」
オッドアイの全身から青い光輝が溢れ出した。
「ならば手加減は無用だな。小細工も必要ない……見るがいいっ! 数千年ぶりに放つ僕の全力の光輝の一撃を!」
凄まじい勢いで光輝がオッドアイの全身から放出され、大嵐のように荒れ狂っていく。
「……対処法はいくらでもありますが、全力の一撃には同じく全力の一撃で答えるのが闘士の礼儀……あえて受けてたってあげましょう」
セルの全身を激しい翠色の風が取り巻いていった。
オッドアイの突き出した左掌に青い光輝が収束されていく。
「青き閃光の彼方に消えよ! 青輝天舞(せいきてんぶ)!」
オッドアイの何百倍、いや、何千倍もの大きさの青い光輝がセルに向かって解き放たれた。
もし、地上で放たれたのなら、大陸の一つや二つ余裕で沈めるほどの破壊エネルギー、それが唯一人の小柄な少女を滅するためだけに使われたのである。
「……翠玉台風(エメラルドサイクロン)!」
セルを中心に、一瞬にして普通の台風の何百倍もの強さと巨大さの翠色の台風が発生した。
台風の激しさと巨大さが際限なく高まっていく。
「その程度かっ!? 風と共に跡形もなく消え去るがいい!」
青い光輝の大波と翠色の台風が正面から激突した。



「えっと……今はいつぐらいだ? 俺は……もう居ない頃か?」
ルーファスは至高天、光皇の居城の中を自分の家のように堂々と歩いていた。
人気の欠片もない、無駄に広い城内。
「えっと、クロスの奴が落ちたのは……オッドアイが本当の意味でガキの頃ぐらいか?……セルが失踪……はまだしてないのか?」
魔王がゼノンとセルの二人しかいなかった時代の末期……それぐらいの頃だったはずだ。
「うむ、フィノーラとオッドアイのクソガキの子育てに俺が励んでいた頃だな」
『嘘言わないでよ』
どこからともなく突っ込みの声が聞こえてくる。
「あん?」
『オッドアイどころか、フィノーラだって完全に放任だったじゃない』
「…………」
『結局、あの子達の世話だって全部、わたしに押しつけて……て、どうしたの、急に黙って、考え込むみたいな表情して……?』
「……お前、誰だ?」
ルーファスは真顔で姿無き声に尋ねた。
『……!』
あまりに予想外な、あまりにショックな質問だったのだろう。
姿無き声の絶句する程のショックな感情がルーファスに伝わってきた。
「おい、誰だか、知らないが……なんで、お前そんなにショック受けてるんだ?」
『…………』
「用が無いなら、俺はもう行くぞ。どうも少しズレて落ちたみたいだからな」
『……どこが少しよ! いい、ここはもうあなたが魔界に居ない頃! つまり、オッドアイもフィノーラももうとっくに魔王になってるのよ! あなたのちょっとはいったい何千年ズレてるの!?』
「いいだろう、たかが数千年ぐらいの誤差、万単位でズレてたらちょっとじゃなくてかなりかもしれないが」
『たく、変わってない……ううん、憎らしさは寧ろ増したんじゃないの?』
姿無き声はあきれ果てたようなため息をする。
「……で、そこまで俺のこと詳しく知っている、お前は誰だ?」
『……あなたに何度も倒されたり! 子育て押しつけられたり! 挙げ句の果てに至高天のパーツ(部品)として封印された女よ!」
「ああ!」
ルーファスはポンと手を打った。
「いやあ、お前のことすっかり完璧に忘れてた。元気してたか、ランチェスタ?」
ルーファスはあははっと笑いながら言う。
『……憎しみで……あなたが殺せたら……どんなに素敵かしら……』
「まあ、そう怒るなよ、ランチェスタ。俺はこれでもお前のことかなり気に入ってるんだ。ゼノン以外で先代魔王の時代からの知り合いはもうお前ぐらいだしな」
ルーファスは誘惑するようなとても魅力的な笑みを浮かべる。
『あら、あなたの大嫌いなあいつと、あいつの血族がいるじゃない』
だが、ランチェスタにはそんな笑みは一切通用しないようで、皮肉げな声が返ってきた。
「あいつのことは言うな! たく、大抵の女ならさっきの笑みだけで一殺(いちころ)で黙るのに……」
『残念ながら、わたしはネージュや煌やフィノーラと違って、あなたに惚れる程悪趣味じゃないの! いいからさっさとわたしのところに来て!」
「なんだ、結局は俺が恋しいのか?」
ルーファスは嘲笑うような笑みを浮かべる。
『さっさとわたしの封印を解きに来って言ってるのよ! この蛇蝎野郎!』
ランチェスタの怒りの声が至高天中に響き渡った。



「…………何?」
オッドアイは左胸を押さえて、片膝をついていた。
二つの力の衝突によって、岩山一つ、いや岩一つすら残さず破壊尽くされており、三百六十度どこを向いても何一つ視界を遮る障害物は無くなっている。
元々、荒野、死の大地といった感じの魔界だが、山や崖といった地形は存在した。
それが今や視界の限り何一つ無い、不自然な平地と化している。
「惜しかったですね」
セルは無傷で立っていた。
「流石は彼女の息子……いえ、彼の息子と言うべきですか?」
「……だ……黙れ……親は関係ない! 親は!……うっ!?」
オッドアイは咳き込む。
吐き出される咳きには赤い液体が混じっていた。
「もし、あなたが蠍に刺されていなかったら……おそらく力負けしたのは私だったでしょう。あの瞬間、あなたの光の出力は私の風の激しさを僅かに超えていた……もっとも、それでも最終的に勝つのは私だったのは変わりませんが……」
「……ま、負け惜しみを……」
「負けたのはあなたですよ。私としても不本意な決着でしたが……彼を……蛇蝎のような彼を甘く見たあなたが悪い」
「ぐぅ……」
セルはゆっくりと、オッドアイに歩み寄っていく。
「光輝蝎針脚(こうきかつしんきゃく)……あれはただ足に光輝を込めただけの後ろ回し蹴りではありません。もし、そうなら拳に光輝を込める光輝乱舞などに比べて威力が弱すぎると思いませんでしたか?」
「…………」
「光輝蝎針脚はその名が示すとおり、蝎(蠍)の針のように光輝を一点に集中して放つ蹴技……光輝で作られた蠍の針は、どんな強固なエナジーバリアだろうが貫きます……針の穴ほど己のバリアが破壊されたことに気づかなかったのですね」
「……馬鹿な……何一つ感じなかった……ぞ……」
「当然です、バリアごと蹴り飛ばされた衝撃の方が、針が刺さった衝撃や痛みより遙かに強かったのでしょう」
セルはオッドアイの目前で足を止めた。
「彼の蠍の針は何の痛みも衝撃も与えません。だが、蠍の毒は……光輝はゆっくりとゆっくりと内部から相手を完全に破壊していく……ふふふっ、なんて緻密で残酷、そして悪趣味な技……本当彼らしい」
「……陰険な奴らしい……技だ……」
「いえ、陰険というのはちょっと違うと思いますよ。陰険とは裏でこっそり悪いことをすること……彼は堂々と悪いことをするというか、悪いことをしているとすら思っていないのでしょうね」
「……なおさら、質が悪い……」
「ふふふっ、そうですね」
セルは左掌をオッドアイに向ける。
「……では、トドメを刺しましょうか?」
「……好きにしろ……殺るならさっさと殺れ……」
「翠玉の魔王としての力しか見せられなくて……とても残念です」
「…………」
セルの左掌が翠色に輝きだした。
「今度からは、彼と対峙する時はもっと細心の注意をすることですね……翠玉……つっ!?」
セルは左手を引き戻す。
先程までセルの左手が存在した空間を何かが通過し、地面に突き刺さった。
セルは飛来物の正体を確かめる。
「……漆黒の大鎌?」
地面に突き刺さっているのは漆黒の大鎌、魂殺鎌だった。
『事情はさっぱり解らないが……』
頭上から聞き覚えのない女の声。
セルが頭上を見上げると、そこには巨大な開け放たれた『門』が空に埋め込まれていた。
「モニカ様? いえ、リンネ様の門?」
門の中から足音が聞こえ、段々と近づいてくる。
「……彼女の……クロスの手を勝手に血で汚すのは許さない」
門の中から姿を現したのは、紫の髪と瞳と軍服の少女、ネツァク・ハニエルだった。





















第50話へ        目次へ戻る          第52話へ






一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



簡易感想フォーム

名前:  

e-mail:

感想







SSのトップへ戻る
DEATH・OVERTURE〜死神序曲〜